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ADHDの歴史(1)——「多動な子ども」の記述から診断基準誕生まで発達障害の歴史
2026.02.03·約8分ズレハック運営者の著者イメージズッチ

ADHDの歴史(1)——「多動な子ども」の記述から診断基準誕生まで

ADHDの診断名はどのように変化してきたのか。「多動な子ども」という観察から、現代の診断基準誕生までの歴史を追います。

この記事でわかること

  • この記事で伝えたいこと:「ADHD」という名称は1987年生まれ——70年かけて今の理解が生まれた
  • 1950〜60年代:「微細脳機能障害(MBD)」の時代
  • 1968年:DSM-IIで初登場——「児童期の過剰運動反応」
  • 1980年:DSM-IIIで「ADD」が登場——注意の問題が主役に
  • 1987年:DSM-III-Rで「ADHD」という名称が誕生
  • 1994年:DSM-IVで3サブタイプ体系へ

この記事でわかること

  • ADHDという名前が生まれるまでの70年間の変遷
  • 「多動な子ども」から「不注意の問題」へと重心が移った経緯
  • なぜ大人・女性のADHDが長年見過ごされてきたのか
  • DSMの改訂が当事者の理解にもたらした変化

この記事は、「ADHDという言葉はいつからあるのか」「昔の自分はどう見られていたのか」を知りたい社会人に向けて書いています。


この記事で伝えたいこと:「ADHD」という名称は1987年生まれ——70年かけて今の理解が生まれた

現在「ADHD(注意欠如・多動症)」と呼ばれる状態は、過去には全く別の名前で呼ばれていました。

「多動な子どもがいる」という観察から始まり、70年以上をかけて現在の診断基準に至ります。

診断名が変わるということは、その人への理解が変わるということ。
社会がこの状態を「問題行動」から「医療的な状態」へと認識を変えてきたプロセスが、ここに見えます。


1950〜60年代:「微細脳機能障害(MBD)」の時代

1950年代、ADHDに相当する状態は「微細脳機能障害(MBD: Minimal Brain Dysfunction)」と呼ばれていました。

「脳に微細な(目に見えない)損傷や機能不全がある」という考え方で、多動・注意散漫・衝動性を持つ子どもたちを説明しようとしたものです。

この名称は「脳の損傷」というイメージが強く、診断基準も曖昧だったため後に批判を受けます。
ただし「行動問題の背景に脳の問題がある」という核心的な視点は、現代のADHD理解に受け継がれています。


1968年:DSM-IIで初登場——「児童期の過剰運動反応」

1968年のDSM-II(精神疾患の診断・統計マニュアル第2版)で、「児童期の過剰運動反応(Hyperkinetic Reaction of Childhood)」という名称で初めて診断基準に登場します。

このころの概念は「多動性」を中心に置いていました。
「落ち着きのない子ども」というイメージで、外から見えやすい「動き回る」側面が強調されていたんです。


1980年:DSM-IIIで「ADD」が登場——注意の問題が主役に

大きな転換点が1980年のDSM-III改訂です。

注意欠如障害(ADD: Attention Deficit Disorder)」という名称に変わり、「多動性」だけでなく「注意の問題」が中心に置かれるようになりました。

また、多動を伴う「ADD with Hyperactivity」と伴わない「ADD without Hyperactivity」に分類されました。

この「多動のないADD」の認識が重要です。
後の「不注意優勢型ADHD」——特に女性や大人で見逃されやすいタイプ——の理解につながっていくからです。


1987年:DSM-III-Rで「ADHD」という名称が誕生

1987年のDSM-III改訂版(DSM-III-R)で、ついに「ADHD(Attention-Deficit Hyperactivity Disorder)」という名称が初めて登場します。

日本語では長年「注意欠陥多動性障害」と訳されてきましたが、現在は「注意欠如・多動症」という表記が推奨されています。

「欠陥」という言葉が当事者への偏見につながるとの配慮から、よりニュートラルな表現に変わりました。
言葉が変わると、人への見方も変わります。


1994年:DSM-IVで3サブタイプ体系へ

1994年のDSM-IVでは、ADHDの診断基準がさらに精緻化され、3つのサブタイプが設定されました。

サブタイプ 特徴
混合型(Combined Type) 不注意と多動・衝動性の両方が基準を満たす
不注意優勢型(Predominantly Inattentive Type) 不注意が主、多動は目立たない
多動・衝動性優勢型(Predominantly Hyperactive-Impulsive Type) 多動・衝動性が主

この分類により、「多動はないが不注意が強い大人・女性のADHD」が診断されやすくなりました。


2013年:DSM-5での変更——大人のADHDを考慮

2013年のDSM-5では、大人のADHDの認識がさらに進みました。

  • 症状の出現年齢の基準が「7歳以前」から「12歳以前」に緩和
  • サブタイプが「現在の特定の表現型」として柔軟に扱われるように
  • ASDとの併存診断が可能に(以前はどちらか一方しか診断できなかった)

これにより、子ども時代に見逃された大人のADHD診断がより正確にできるようになりました。


この歴史から学べること

年代 出来事 何が変わったか
1950年代 MBD 脳の問題という視点が定まる
1980年 ADD登場 「注意の問題」が中心に
1987年 ADHD誕生 現在の名称に
1994年 3サブタイプ 不注意型・女性が診断されやすくなる
2013年 DSM-5 大人・併存の認識が深まる

「ADHD」という言葉が存在しなかった時代、どれだけの人が「変わり者」として生きてきたか。


まとめ

  • ADHDは1902年のスティルの観察から始まり、70年以上かけて現在の診断基準に至った
  • 「多動な子ども」から「注意の問題を持つ人」へと概念の中心が移動してきた
  • DSMの改訂のたびに、大人・女性のADHDが認識されやすくなってきた
  • 診断名の変化は、社会の理解の深まりを反映している

次回はADHDの薬物療法の歴史と、それをめぐる論争を振り返ります。

現在のADHDの特徴を先に確認したい人は、ADHD(注意欠如・多動症)とはを読むと、歴史上の診断名との違いが分かりやすくなります。

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  3. 必要なら公的情報や専門家の情報で確認する

参考情報・注意

この記事は当事者の経験と一般情報をもとにした読みものです。診断、治療、服薬の判断は医師などの専門家に相談してください。

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PRACTICAL TIPS

「知識」を「対策」に変える

ADHDの仕組みがわかったら、次は実際に使えるハックを試してみましょう。

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