発達障害の歴史ADHDの歴史(1)——「多動な子ども」の記述から診断基準誕生まで
ADHDの診断名はどのように変化してきたのか。「多動な子ども」という観察から、現代の診断基準誕生までの歴史を追います。
この記事でわかること
- この記事で伝えたいこと:「ADHD」という名称は1987年生まれ——70年かけて今の理解が生まれた
- 1950〜60年代:「微細脳機能障害(MBD)」の時代
- 1968年:DSM-IIで初登場——「児童期の過剰運動反応」
- 1980年:DSM-IIIで「ADD」が登場——注意の問題が主役に
- 1987年:DSM-III-Rで「ADHD」という名称が誕生
- 1994年:DSM-IVで3サブタイプ体系へ
この記事でわかること
- ADHDという名前が生まれるまでの70年間の変遷
- 「多動な子ども」から「不注意の問題」へと重心が移った経緯
- なぜ大人・女性のADHDが長年見過ごされてきたのか
- DSMの改訂が当事者の理解にもたらした変化
この記事は、「ADHDという言葉はいつからあるのか」「昔の自分はどう見られていたのか」を知りたい社会人に向けて書いています。
この記事で伝えたいこと:「ADHD」という名称は1987年生まれ——70年かけて今の理解が生まれた
現在「ADHD(注意欠如・多動症)」と呼ばれる状態は、過去には全く別の名前で呼ばれていました。
「多動な子どもがいる」という観察から始まり、70年以上をかけて現在の診断基準に至ります。
診断名が変わるということは、その人への理解が変わるということ。
社会がこの状態を「問題行動」から「医療的な状態」へと認識を変えてきたプロセスが、ここに見えます。
1950〜60年代:「微細脳機能障害(MBD)」の時代
1950年代、ADHDに相当する状態は「微細脳機能障害(MBD: Minimal Brain Dysfunction)」と呼ばれていました。
「脳に微細な(目に見えない)損傷や機能不全がある」という考え方で、多動・注意散漫・衝動性を持つ子どもたちを説明しようとしたものです。
この名称は「脳の損傷」というイメージが強く、診断基準も曖昧だったため後に批判を受けます。
ただし「行動問題の背景に脳の問題がある」という核心的な視点は、現代のADHD理解に受け継がれています。
1968年:DSM-IIで初登場——「児童期の過剰運動反応」
1968年のDSM-II(精神疾患の診断・統計マニュアル第2版)で、「児童期の過剰運動反応(Hyperkinetic Reaction of Childhood)」という名称で初めて診断基準に登場します。
このころの概念は「多動性」を中心に置いていました。
「落ち着きのない子ども」というイメージで、外から見えやすい「動き回る」側面が強調されていたんです。
1980年:DSM-IIIで「ADD」が登場——注意の問題が主役に
大きな転換点が1980年のDSM-III改訂です。
「注意欠如障害(ADD: Attention Deficit Disorder)」という名称に変わり、「多動性」だけでなく「注意の問題」が中心に置かれるようになりました。
また、多動を伴う「ADD with Hyperactivity」と伴わない「ADD without Hyperactivity」に分類されました。
この「多動のないADD」の認識が重要です。
後の「不注意優勢型ADHD」——特に女性や大人で見逃されやすいタイプ——の理解につながっていくからです。
1987年:DSM-III-Rで「ADHD」という名称が誕生
1987年のDSM-III改訂版(DSM-III-R)で、ついに「ADHD(Attention-Deficit Hyperactivity Disorder)」という名称が初めて登場します。
日本語では長年「注意欠陥多動性障害」と訳されてきましたが、現在は「注意欠如・多動症」という表記が推奨されています。
「欠陥」という言葉が当事者への偏見につながるとの配慮から、よりニュートラルな表現に変わりました。
言葉が変わると、人への見方も変わります。
1994年:DSM-IVで3サブタイプ体系へ
1994年のDSM-IVでは、ADHDの診断基準がさらに精緻化され、3つのサブタイプが設定されました。
| サブタイプ | 特徴 |
|---|---|
| 混合型(Combined Type) | 不注意と多動・衝動性の両方が基準を満たす |
| 不注意優勢型(Predominantly Inattentive Type) | 不注意が主、多動は目立たない |
| 多動・衝動性優勢型(Predominantly Hyperactive-Impulsive Type) | 多動・衝動性が主 |
この分類により、「多動はないが不注意が強い大人・女性のADHD」が診断されやすくなりました。
2013年:DSM-5での変更——大人のADHDを考慮
2013年のDSM-5では、大人のADHDの認識がさらに進みました。
- 症状の出現年齢の基準が「7歳以前」から「12歳以前」に緩和
- サブタイプが「現在の特定の表現型」として柔軟に扱われるように
- ASDとの併存診断が可能に(以前はどちらか一方しか診断できなかった)
これにより、子ども時代に見逃された大人のADHD診断がより正確にできるようになりました。
この歴史から学べること
| 年代 | 出来事 | 何が変わったか |
|---|---|---|
| 1950年代 | MBD | 脳の問題という視点が定まる |
| 1980年 | ADD登場 | 「注意の問題」が中心に |
| 1987年 | ADHD誕生 | 現在の名称に |
| 1994年 | 3サブタイプ | 不注意型・女性が診断されやすくなる |
| 2013年 | DSM-5 | 大人・併存の認識が深まる |
「ADHD」という言葉が存在しなかった時代、どれだけの人が「変わり者」として生きてきたか。
まとめ
- ADHDは1902年のスティルの観察から始まり、70年以上かけて現在の診断基準に至った
- 「多動な子ども」から「注意の問題を持つ人」へと概念の中心が移動してきた
- DSMの改訂のたびに、大人・女性のADHDが認識されやすくなってきた
- 診断名の変化は、社会の理解の深まりを反映している
次回はADHDの薬物療法の歴史と、それをめぐる論争を振り返ります。
現在のADHDの特徴を先に確認したい人は、ADHD(注意欠如・多動症)とはを読むと、歴史上の診断名との違いが分かりやすくなります。
今日から試す3ステップ
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- 必要なら公的情報や専門家の情報で確認する
参考情報・注意
この記事は当事者の経験と一般情報をもとにした読みものです。診断、治療、服薬の判断は医師などの専門家に相談してください。
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